著:ゆけしゃん
神楽坂の大学に通っていた私は、季節に一度くらいの間隔で新宿に足を運んでいた。6年間の大学生活の後、関東を離れて4年。久しぶりに新宿を訪れてみて、「新宿を理解することなんて、一生をかけてもできないんだろうな…」と思った。
田舎人としては馴染み深かったサザンテラス口はいつの間にか甲州街道口に名前を変え、バスタ新宿なる日本最大のバスターミナルになっていた。バスタ新宿からは1日1600本のバスが行きかい、行き先は200種類を超えるらしい。
「サザンテラス口、やっと名前覚えたばかりだったのに…」と思いながら、ルミネや小田急ハルクの方へ歩いて行く。
小田急線の改札近くを通り過ぎると、思い出横丁に辿り着いた。
最新化を続ける新宿駅の中でも、この思い出横丁は異質な存在だと思う。
思い出横丁を初めて見たのは学生時代。飲み会で「アルタ前集合」と言われたとき、駅構内で迷いに迷って、もう諦めて新宿駅から脱出してぐるりと一周回った際に偶然見つけた場所だった。
ちなみに「アルタ前集合」って田舎民としては憧れの言葉の1つだったんだけど、あれから10年経つ今でも未だにどうやっていけばいいのかわからない。
高層ビルが立ち並ぶ新宿の町を一つだけ横にそれる。すると思い出横丁という昭和の飲み屋街が現れる。この飲み屋街は「米国人一家、おいしい東京を食べ尽くす」というベストセラーでは一番最初に紹介される場所で、今では欧米系の外国人に人気な観光スポットになっているみたい。
外国人に紛れて、野球帽にブルゾンという出で立ちの渋目のおじさんが静かに焼き鳥をかじっている。いつか自分も、ここで一杯やりたいなぁ。
思い出横丁を出て地下道を抜け、噂のアルタ前を通り過ぎていく。
(写真はアルタ前ではなくヨドバシだけど)
歌舞伎町にたどり着いた。個人的に一番変わったと思う場所。今では見上げることも難しいくらいに巨大な映画館・TOHOシネマが入っていたり、変なお店も少ないけれど、自分がよく飲み会をした10年前はもっと危険な香りがしていた。後ろポケットに入れた財布を、盗まれないように握り直す、そんな街だった気がする。
夜のお店には行かなかったけれど、普通の居酒屋に行こうと思ってもちょっとはボッタクられるのが当たり前。新宿で飲み屋を探すときは、アジアの新興国で飯屋を探す時のような「ボッタクられないかな…」という不安があった。今は規制が厳しくなって、そういうことはめったにないらしいけれど。
歌舞伎町内にあるロボットレストランは外国人だらけ。正直何が良いのかはよくわからないけれど。
小さいころにワイドショーで見た「闇の町・新宿」とは程遠い町になったなぁと思う。健全化とかインバウンドが進むのも良いことだと思うんだけれど、なぜだか、変な寂しさも感じる。そんな師走の新宿フォトウォークだった。
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